幸い、S君に外傷はなさそうだった。
穴は自分で出られたし、歩くことも問題なさそうだった。
彼の話によると、車が来たので避けるためにアスファルトの外に出たら、そこに穴が空いていて落ちてしまったということだった。
改めて見てみると、大きい穴だった。
何故こんなところに穴が。
街灯があれば分かっただろうが、真っ暗だったのが災いした。
たまたま避けたところに大きな穴が空いているなんて、不運としか言いようがない。
S君の元気はすっかりなくなっていた。
腰を打ったらしく、少し痛みがあるようだ。
そんなS君を励ましつつ、うまいものを食べて気分を変えようと、三人は再び歩き出した。
歩いている途中、ときどき腰に手を当てるS君だったが、そのことを訊いても、大したことない、と答えるだけだった。
トラムでビクトリアピークを下り、レストランに着くと、すっかり遅い時間になっていた。
各々食べたい料理を注文し、ジャスミン茶を飲みながら旅行初日を振り返った。
飛行機のこと。
トラムの混み具合。
夜景のこと。
添乗員がいなくても、全然問題なかった。
途中トラブルもあったが、無事帰ってこれた。
大丈夫、うまくやれている。
ガイドブックに書かれた場所から外れなければいいのだ。
今日のトラブルが良い教訓になった。
料理がやってきた。
海鮮中心の料理だが、やはり本場の中華は美味かった。
空腹だったので、食が進む。
うまいうまいと言って食べながら、翌日の計画をおさらいする。
二階建てバス。
夜市。
マンゴースイーツ。
想像するだけで楽しくなる。
楽しげに話す筆者とN君とは対照的に、S君は言葉少なだった。
ときどき話しかけてみるが、返ってくる答えが短い。
痛むのか、と訊くと、大丈夫、とだけ返ってくる。
心配だったが、あまりうるさく言うのもよくない。
そっとしておくことにした。
食事を堪能したあと、一度ホテルに戻った。
夜の香港を楽しみたかったが、S君がもう休みたいと言い出したのだ。
そこで、これから何をするか、ホテルに戻って考えることにした。
ホテルに戻ってから、S君はストレッチを始めた。
やはり腰が痛むらしい。
時々背中を手で撫でている。
そんなS君を尻目に、筆者とN君は、街に繰り出す気満々でガイドブックを捲った。
時間は限られている。
せっかく高い金を払って来たのだから、楽しみたいではないか。
N君とああだこうだと言っていると、トイレから水の流れる音が聞こえてきた。
ドアが空いて、S君が出てきた。
そういえば、少し前にトイレのドアが閉まる音が聞こえた。
S君の顔は引きつっていた。
「どうした」
筆者の問いには答えず、彼はベッドの上で横になった。
苦悶の表情を浮かべている。
「おい、どうした」
同じ質問を繰り返した。
「痛い」
ようやく、S君は短く答えた。
「やばい。血尿が出た」
続けて出たその言葉に、筆者とN君は固まった。
(続く)