あっという間の出産

急な話ではなるが、タイトルのとおり、筆者は父になった。

 

自分でも信じられないが、父になったのである。

 

幸運なことに、出産には立ち会うことができた。

ちょうど仕事が年末の休みに入った日に陣痛が始まったのだ。

そこは本当にラッキーだ。

 

出産はあっという間の出来事だった。

決して比喩で言っているのではない。

本当にあっという間に終わったのだ。

 

あれは現実に起こったことなのだろうか。

あまりにものバタバタぶりに、そんなことを思ってしまう。

 

とにかく、スピード出産だった。

病院の方も驚くほどの早さだったのだ。

まさかこんなに早く生まれるとは思っていなかった。

 

確かに予定日まであと少しだったから、いつ生まれてもおかしくなかった。

しかし、その前の検診で、まだ子宮口が全く開いていないと言われたのだ。

 

それが一週間後の検診で、3センチくらい開きましたねと言われた程度。

てっきり生まれるのは年を跨ぐものと思っていた。

年末年始の休暇に入り、さあこれから出産準備のラストスパート

と思っていたところに、陣痛の開始である。

 

妻曰く、検診で先生にとても刺激されたとのこと。

いわば、先生のゴッドハンドのおかげで、その日のうちに陣痛が開始。

その数時間後には出産となったのだ。

 

妻はその日、検診から帰ったあと、散歩をしてから

夕方に友人と家の近くの鰻屋に出かけた。

 

食事中に陣痛が始まったらしいのだが、初産だったがためにそれが陣痛だと気づかず、違和感を覚えながら食事をしていたらしい。

帰ってきて、痛い痛いと首を傾げる妻。

痛いのとそうでないのが交互に来ているらしい。

しかも、だんだんと痛みは強くなってきているらしい。

 

それって陣痛じゃねえの、ということで、痛みの間隔を測ると、なんと8分。

普通は10分で病院に連絡するらしいのだが、とうに過ぎている。

 

病院に電話すると、間違いなく陣痛とのこと。

ただし、もう少し待つようにとのことだ。

 

急な事態になかなか現実を受け入れられない筆者。

 

まじか。もう生まれるのか。

全然準備できてねぇ。

荷物も心も。

 

風呂には入ってもいいということで、とりあえず入浴する妻。

しかし顔はしかめている。

辛いらしい。

 

大丈夫かな。

心配しながらも、とりあえずコンビニに行って出産時に飲むポカリとストローを買う。

出産は激しい運動だからポカリ。

そんな安直な考えだが、決して間違ってはいまい。

 

急いで帰り、病院の夜間入り口を調べる。

そんなことをしていると妻が風呂から出てきた。

さっきより顔をしかめている。

相当辛いらしい。

 

測ってみると、陣痛の間隔は5分。

おいこれ大丈夫なのか。

とりあえずベッドに横になった妻。

病院には1時間後に電話してくれと言われたようで、

時間が来るまで律儀に待つつもりらしい。

 

ハラハラする筆者。

大丈夫かいな。

 

違和感を覚えた妻がトイレに行く。

血が出たらしい。

 

いよいよ、やばい。

さすがにもういいだろうということで電話をする妻。

看護師曰く、すぐ来てくれとのこと。

 

やっぱりかい。言わんこっちゃない。

 

痛みを緩和するためのゴルフボールもしっかりとポケットに入れ、

急いで荷物も車に運び入れて迅速かつ安全運転で病院に到着。

深夜ということで、車は入り口に乗り捨てて院内へ。

 

受付を済ませ、妻と妻と荷物を病院に残して車を駐車場に。

急いで帰り、待合室で待っていると、看護師さんがやってきた。

 

「もうすぐ生まれると思いますよ」

 

え、もうなの。

 

いや、出産ってさ、特に初産ってさ、なんかこう、そわそわしながら「まだかなまだかな」って待つもんじゃないの?

待ってる間にさ、男は、父親になるんだなって、そんな思いを噛み締めながら、大人の階段をゆっくりと昇るもんじゃないの?

 

「奥さん、家でかなり我慢されていたんですね。子宮口が全開でしたよ」

 

いや、我慢させたんはオタクらやろ。

 

そんなことを思いながら、あれよあれよと分娩室に通される筆者。

入ると、もう妻が大股開きで分娩台に座っていきんでいる。

 

ええ、もうこういう状態!?

 

「旦那さんも手伝ってあげてください」

 

微笑む看護師さん。

 

え、何すんの。

手伝うなんて聞いてないんだけど。

ぼんやりと眺めているだけだと思ってたんだけど。

 

妻がいきむときに、上体を起こすから頭を支えるのと、

腰まで手を入れ、そこ押して痛みを和らげてあげるのが筆者の仕事とのこと。

 

「はい、今ですよ」

 

妻がいきみ始めると同時に、看護師さんの声が響く。

 

ひぃ〜。

言われるがまま、懸命にこなす筆者。

うまくできているのかも全くわからない。

 

いきんでは休憩し、いきんでは休憩し。

そんなことを7回くらい繰り返しただろうか。

 

高らかに響く鳴き声。

 

あっという間に赤ちゃん誕生である。

 

これには筆者も驚いた。

え、もうですか。

 

俺、父親になったんですか。

なう、父親ですか。

 

病院について、約一時間の早業である。

大きさはやや小ぶりの3000グラム弱。

それほど大きくなかったからか、すんなりと生まれたのだろう。

 

なんやかんやの処置をして、あっと言う間に病室に通された妻。

たっぷりと労ってあげたら、もう帰って良いとのこと。

 

そして、病院に来てたった二時間半後、筆者は病院をあとにしたのである。

 

これは夢か現実か。

あまりの早さに、夜中の道を運転しながら、筆者はなんども首を傾げた。

 

ただコートのポケットに手に入れた、今日出番のなかったゴルフボールに触れているとやけに落ち着くののだった。

 

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