はじめてのグリーン車

新幹線のグリーン車。

速さも心地よさも兼ね備える、言わずと知れた鉄道車両の最高峰。

グリーン車。

一等、ではなく、グリーン。

なんとも品のある呼び方。

 

そんなグリーン車に、先日とうとう乗ってしまった。

まだ三十台半ばなのに。
(年齢はあまり関係ないかもしれないが)

 

今年のお盆シーズン。

もともとは、妻と新幹線で帰省する予定だった。

しかし、諸事情により妻が行けず、筆者一人で行くことに。

これはすなわち、交通費が一人分浮いたわけである。

一人分のチケットを買うときに、ふとある考えが頭をよぎった。

あれ、これ。浮いたお金でグリーン車にグレードアップしても、おつりがくるな。

おつりとは変な表現だが、つまりは、

当初想定していた出費よりも少なく済む、という意味である。

 

いつもの筆者なら、

 

一人旅なんだから、「のぞみ」ではなく「ひかり」にして

さらにお金を節約しよう

 

と思うはず。

 

だが、この時は違った。

 

俺ももう三十半ばなんだから、大人のたしなみとして、

グリーン車くらい乗ってもいいだろ。

 

なにが大人のたしなみであろうか。

 

お前のような生まれながらの貧乏人など、

青春十八切符で半日以上かけて帰れば良い。

 

そんなお小言が聞こえてきそうである。

 

何せ、就職した当時は、節約のために夜行バスで帰省していた筆者。

それが、五倍以上も値が張る「のぞみのグリーン車」である。

 

当時の筆者がこの事実を知れば、

 

「何がグリーン車か、この贅沢者! 安月給のくせに!」

 

と罵倒するだろう。

 

しかし、ものは試し。

清水の舞台から飛び降りる思いでグリーン車のチケットを購入。

当日を心待ちにして過ごした。

 

そして、いよいよ当日。

 

せっかくグリーン車に乗るんだから、車内で寝てしまってはもったいない、

グリーン車を味わい尽くそう、という貧乏根性を出して前日は熟睡の上東京駅に。

 

そしてチケットが高かったからという理由で弁当を買わず、家で朝食を済ましてきた。

 

しかし、貧乏根性の発揮どころを間違えた。

 

席につき、発車すると、周りの人たちは皆弁当を取り出し、

むしゃむしゃと美味しそうに食べ始めるではないか。

時刻は朝の9時頃である。

 

その様子を見てようやく合点した。

 

このゆったりした座席は、隣人を煩わしく思うことなく、

穏やかに弁当を食べるためにあるのだ。

 

出先で食べる弁当は格別にうまい。

皆、車内でゆっくりうまい飯を食うために、朝飯を抜いてきたのだ。

そして、朝飯を抜くことにより、朝の忙しい時間をゆっくりと過ごすことができる。

 

これは上流階級の発想だ。

愕然とする筆者。

 

さらに、驚いたのは、飲酒率の異様な高さである。

筆者の隣のおじさんも、斜め前の女性も、

一本、二本とビールを飲みだすではないか。

しかも、これまた値段の張るビールである。

 

くうぅ。これがグリーン車での過ごし方か。

悔しいが、貧乏人の筆者には思いつきもしなかった。

 

読者の中には、「それは、あんたの勝手な思い込みだろう」

と思われた方もいらっしゃるかもしれない。

 

しかし、この考えはあながち間違っていないと思う。

というのも、ちょうど皆が弁当を食べ終えた頃合を見計らい、

スタッフが皆のゴミを回収しにくるからである。

これはすなわち、グリーン車が、飲食する前提の車両ということではないだろうか。

 

グリーン車の目的はさておき、むしゃむしゃと弁当を食べ終えた周りの人たちは、

ゴミをスタッフに預けると、しばらくも経たないうちにグーグーと眠りだした。

一方、初心者の筆者は、前日熟睡したために目が冴えわたっているので、

持ってきていた文庫本を取り出し、熱心に読み始める。

 

これはこれで、良いグリーン車の過ごし方であろうが、

気持ち良さそうに寝息を立てている隣のオッサンの間抜け面を見ていると、

こっちがあるべき姿なのではないかと思えてしまう。

 

隣の芝生は青く見えるものである。

 

総じて、グリーン車は快適であった。

コンセントや、ライトなど装備も充実している。

おしぼりのサービスもある。

是非また乗ってみたい。

 

しかし唯一、心地がよくないことがある。

 

それは妻にはグリーン車に乗ったことを内緒にしていることである。

 

言ってしまうと、必ず「次は私も乗りたい」と言い出すに違いないからである。

絶好の会話のネタになるのに、秘密にしておくのは、筆者の貧乏根性がなせる技。

 

つくづく、意識改革が必要だなと思う。

 

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