妻について3

前回のつづきである。

結局、彼女の実家で飼っていた猫は、しばらくして家を出て行ったまま帰らなくなったのである。
本当に、何の前触れもなくいなくなったのである。

猫は死に様を飼い主に見せないというが、果たして、死期を悟って出て行ったのではないか、というのが皆の見解である。

悲しい出来事ではあるが、しかしこれで、筆者と妻との同居に向けて、障壁はなくなったわけである。

しかし、彼女は引っ越してこないのである。
本当に困ったものである。

相変わらず、不安だ不安だと言うのである。
冷凍みかんの皮が実から離れない如く、凍りついた彼女の心は、実家から離れようとしない。

筆者は勿論であるが、当然義母様も心配するのである。
繰り返し断っておくが、義母様は、娘には早く家を出て行ってもらいたいのである。
とにかく孫の顔がみたい。それが義母様の願いである。
しかしそれには、二人の同居が必要となる。

ある日、思い悩んだ義母様は、藁をも掴む思いで、カウンセラーに相談に行ったのである。
結婚したのに同居できないなど、尋常な事態ではない。
娘に心理的な要因があるのではないか。
こういうわけである。

このカウンセリング通いにより、事態は少し好転するのである。

相談先のカウンセラーが良い先生だったこともあり、母親に勧められる形で妻もそこに通うようになったのである。
そしてカウンセラーの意向で、筆者も何度も面談を行った。彼女の心理状態を多面的な方向から診るためである。

その結果、カウンセラーは、彼女の精神が成熟していないと診断したのである。
その原因は、亡くなった父親による娘の溺愛だったわけである。
要をすれば、守ってくれる人がいなくなったことによる妻への心理負担である。

妻自身も悩んでいたのだろう。
カウンセリングを受けるようになって、彼女のイライラは少しずつ収まっていたのである。
正論を吐いて彼女を抑えつけるより、彼女の心を満たすことが必要であったわけである。
カウンセラーはそこに重点をおいて、対話を行ったのである。

筆者も、カウンセラーの話を聞いて、彼女と対立することは得策ではないと悟ったのである。
そこで、なるべく彼女の言うことには反発しないようにし、彼女の求めることに答えるようにしたのである。
たとえ、それが筆者の常識から外れた主張であったとしても、である。

その甲斐あってか、二人の新居を借りてから一年以上経過したころ、ようやく彼女は、筆者の住むアパートに引っ越してきたのである。

長かったのである。本当に長かった。
何度も、もう駄目かも、と思ったわけである。

筆者同様、彼女も子供が欲しかったようである。
しかし、子作り以前に、同居をしようとしないわけである。
それが筆者には全くわからなかった。

彼女は矛盾した心を抱えていたのである。
彼女自身も、自身の矛盾はわかっていたのである。
しかし、環境が変わるという不安、自分が妻としてやっていけるのかという不安に襲われていたのである。
それまでなら父親が助けてくれていたが、それが今は叶わない。
だから、戦わずに不安から目を背けていたのである。

不安なのはわかるけれど、大人なんだから乗り越えないと。

そんな正論、彼女には意味がないのである。
彼女は自分の欠点がわかっていた。しかし、それを自分ではどうすることもできなかったのである。
誰かの支えが必要だったのである。

子供だったわけである。しかし、それが筆者にはわからなかった。
いや、わかっていたのだが、その主張を受け入れることができなかった。
わがまま行ってないで、早く大人になれよ。そう思っていたわけである。

筆者と妻が同じ屋根の下で暮らし始めて、ようやく一年経とうとしている。
しかし、その関係が良好かと問われれば、答えに窮してしまう。
そもそも良好であれば、エッセイなど始めないのである。

筆者もお釈迦様ではないので、彼女のわがままに反発することもある。
そうなると、大変である。
彼女は決してブレーキを踏まない。
家の中のモノが壊れ始めるのである。
比喩ではなく、本当に壊れ始めるのである。

そのため、最終的にぐっとこらえるのは、いつも筆者なのである。

筆者はいつも歯を食いしばっているのである。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。