妻に認められるために、面白い男になる。
そう思ってエッセイを始めたが、ただ単に、面白いと思ったことを書けばいいわけではない。
そう思うのである。
プロのコメディアンならともかく、素性も得体も知れない人間の話を笑ってくれるほど、世間は甘くないはずである。
まず、筆者の人となりが読者に伝わらなければ、親しみもわかないし笑えるものも笑えないであろう。
そういうわけで、今回は少しだけ自己紹介を兼ねて書いてみる。
筆者は都内某所で堅い仕事をしている。
一日中パソコンとにらめっこして過ごす仕事で、毎日眼精疲労と戦っている。
一人で完結する仕事なので、人と話す機会も少ない。
もし筆者が望むのならば、出社してから一言も発することなく、帰路につくことも可能である。
まことに退屈な仕事である。
なぜそんな仕事を選んだのか?
それは、この仕事が筆者に向いていると思ったからである。
一人黙々と作業することが好きな筆者にとっては、天職だったわけである。
仕事中は話さないのだから、それ以外でたくさん話をしていればまだよい。
しかし筆者は、社交の場が苦手である。
なので、そういった場には足を向けず、家でテレビや漫画を楽しむ毎日を過ごしていた。
ただでさえ口下手だった筆者が、そんな環境の中で生活すれば、どうなるかは明白である。
元々低かった話す能力は、一層低下していった。
深海に住む魚の視覚が、年月をかけて退化するのと同じである。
筆者に現れた主な症状は、以下のようなものである。
・声が出づらくなり、喉が弱くなる。
・人に話しかけられてもうまく反応できない。
・何かハプニングが起こっても、誰かに話すこともないので、すぐに忘れてしまう。
・表情がどんどん乏しくなる。
文字に起こすと、社会不適合者に見えてしまうのは筆者だけであろうか。
魅力に欠けた人間になりつつあると自覚していても、危機感を覚えなかった理由は簡単である。
誰も筆者に警鐘を鳴らしてくれる人がいなかったからである。
無理もない話である。
もし、生気がないね、なんて言う人間が目の前に現れたら、温厚な筆者もその人のことを嫌うであろう。
怒りのあまり、椅子の上に画鋲を置いてしまうかもしれない。
不思議だったのは、筆者の妻も、まだ付き合っていた当時は文句を言わなかったことである。
おそらくであるが遠慮していたのであろう。
猫を被っていたわけである。いや、ここはウブだったと言ったほうが良い。
しかし魅力的だった彼女の性格は、結婚を機にコロっと変わったのである。
私は話が面白い人、明るい人が好きなの!
この叫びを聞いた時、筆者の思考は完全に停止したのである。
そんな話、初めて聞いたわけである。
筆者はむしろその逆を行く人間である。
彼女は筆者の何を見ていたのか。
そんな疑問がふつふつと沸きあがったことは言うまでもない。
彼女は筆者を不満に思いながら、我慢して付き合っていたのであろうか。
タイプではない男となぜ結婚したのであろうか。
訊いてみたが答えてくれない。
女心はわからないのである。
筆者としては、一度結婚した以上、一生を添い遂げるのが本望である。
そういう女性と結婚したのだから、そういう生き方をするのである。
たとえ、毎日暗い暗いと怒られても、である。
我ながら、健気な自分に涙が出そうである。
妻は夫が面白くなることを望んでいる。
筆者はそれに応える。
その道を歩むしかないのである。