話が面白い人間になりたいのに

先日、やっぱり自分は面白味のない人間なんだなぁと、つくづく思った。

魅力的な人には冒険心があるのに、自分にはそれがない。

 

今回は、筆者自身が反省したエピソードである。

 

とある和食チェーン店に行ったときのこと。

その店は、刺身や焼き魚などの魚をメインとした料理が多く、安価でボリュームがあり、また店員も体格のある男性が多い。

そのため客層は男がメインである。

刺身丼が美味しいのでたまに通っている筆者。

その日も近くに寄る用事があったため、そこで昼食を済ませようと店に入った。

 

一人だったのでカウンターの席に通され、いつものように刺身丼とせいろのセットを注文。

カウンターの目の前が厨房になっていて、そこにいたちょっと悪そうな店員が料理を作り始めた。

料理が出てくるまでの間、スマホを見ながら時間を潰す。

その日は春の陽気で、28度まで気温が上昇。冷たい茶がうまかった。

至福の時間である。

 

そんな折、違和感を覚えた。

 

ゴホッ、ゴホッ。

 

咳である。痰が絡むような粘着性のある咳ではなく、空咳。

咳をしているのは、まさに筆者の目の前で料理を作っている厨房のにいちゃん。

ちょうど、刺身を用意しているところである。

その生魚の上に、にいちゃんが「そら隠し味!」とばかりに咳をぶっかけているのである。

まさかその料理、自分のではあるまいな。

そう思いながらも、あまり厨房を見ないようにする筆者。

やがてホール担当の店員を呼び、料理を渡すにいちゃん。

 

どうなんだ、それは俺のなのか。

どきどきしながら待っていると、「お待たせしました」と筆者の目の前に隠し味入りの刺身丼が。

正直、気は進まない。しかし、作り直してくれ、と店員に言う勇気もない。

一口食べてみる。

うまい。

咳は無味なのだから、当たり前である。

美味しさに、咳のことは忘れそうになる。

しかし、目の前のにいちゃんが再度空咳をする。

途端に目の前の料理が不衛生のもののように感じる。

これを繰り返した挙句、完食してしまった。

 

食後の茶を飲みながら、思い悩む。

筆者は面白い人間になりたい。そう常々思っている。

そんな人間が、このまま終わっていいのか、と。

何か店員に一言言ってやったら、妻に披露できるエピソードが生まれるじゃないか、と。

嫌な思いをしたが、翻ってこれは大チャンスなのだ。

さあ行け、自分!

 

キッと、にいちゃんを見る筆者。

そのにいちゃんは、後輩に指示を出しているところだった。

よく観察すると、他の店員にも指示を出していて、その店では結構上の立場だということがわかる。

後輩の返事もキビキビとしていて、きっと店のみんなからも信用を得ているのだろう。

そこで筆者が文句を言ったらどうだろう。

そのにいちゃんのメンツは丸つぶれだ。

このことが原因で、後輩からの信用を失い、失意のうちに店を辞めてしまうかもしれない。

 

年は筆者よりも明らかに上。

家族がいるかもしれない。いや、信頼できる人なんだから、きっといるだろう。

このにいちゃんをここで辞めさせていいものか?

いいわけがない。

ここは筆者が嫌な思いを我慢すればいいだけのこと。

そうやって、筆者は喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込んだ。

 

伝票を持ち、支払いを済ませて店を出る。

気持ちいい午後の陽気。

 

そして思う。

だから自分は面白い話が一向にできないんだ。

 

 

今回は自分を戒めるためのエッセイであった。

 

 

 

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